筆者の経験と考え|約4分で読める

AIが広まっても、言語化能力がいらなくなるわけではない。ただ、言語化能力が高いことで得られていた有利さは、はっきり小さくなる。言語化は、知性そのものというより、頭の中にあるものを外に出すための出口だったからだ。AIは、その出口を誰でも通れるものにしつつある。

1 言語化能力が高い人とは

言語化能力が高い人とは、頭の中にあるあいまいな感覚や直感、経験、問題意識を、筋の通った分かりやすい言葉に変えられる人のことだ。語彙が多く、文章を組み立て、要約し、説明し、伝わる言い回しを選べる。これまで、この変換には手間がかかった。だから、言語化能力が高い人は強かった。

同じことを感じていても、「なんとなくおかしい」としか言えない人より、「制度の設計上、一人ひとりの合理的な行動と、全体にとっての最適がずれている」と説明できる人のほうが、頭がよく見えた。

2 AIが、頭の中を文章に変え始めた

生成AIは、この変換の手間を大きく下げた。ばらばらの単語、まとまっていない考え、感情的な違和感だけを渡しても、筋道、文章の組み立て、専門用語、反論、要約まで返ってくる。

プログラムの言葉でいえば、AIはコンパイラになり始めている。コンパイラは、人が書いたプログラムを、機械が実行できる形に変える道具だ。AIはそれを、頭の中のあいまいなものと、完成した言葉のあいだでやっている。

語彙の多さ、文章の組み立て、要約、説明、表現、言い回し。言語化能力を作っていたこうした力は、いまも役に立つ。ただ、それだけでは、他人との大きな差になりにくくなる。

ノートパソコンのそばで、ノートにペンで書く人
写真:Shixart1985/Wikimedia Commons(CC BY 2.0)

3 差のつく場所が、別の工程に移る

人が考えてから動くまでを分けると、見る、問いを立てる、仮説を出す、言葉にする、評価する、決める、実行する、の順になる。AIが急に肩代わりし始めたのは、とくに、仮説を出すところと、言葉にするところだ。ここでは、人による差がつきにくくなっている。

考えてから動くまでの7つの工程
考えてから動くまでの7つの工程

だから、差のつく場所が移る。会議に出す提案書でいえば、整った文章はAIに頼めばすぐに出てくる。差がつくのは、何を課題として書くか、出てきた案のどれを採るか、採った案を誰が動かすかだ。

一つめは、何を見るか。現場の経験、体の感覚、人間関係、試しては失敗した経験、違和感。AIが直接は手に入れられない一次情報を持つ人は、いまも強い。

二つめは、何を問うか。AIは、問いに対して大量の答えを出せる。けれど、そもそも何を問題とみるべきかは、自動では決まらない。答えを作る力より、問いを見つける力のほうが値打ちを持つ。

三つめは、出てきたものを評価する力だ。AIは10案でも100案でも出す。そのうち、どれがもっともらしいだけで、どれが核心を突き、どれが現実にやれるのか。見分けるには、知識と経験、自分の物差しと目利きが必要だ。作るのが安くなるほど、選ぶ力の値打ちは上がる。

四つめと五つめは、決めることと、実行することだ。提案書なら、採った案を通し、実際に動かし、うまくいかなければ引き受ける。AIがどれほど良い文章や分析を出しても、それを現実に当てはめ、結果の責任を負うのは人間だ。

4 「言語化能力が高い=頭がいい」が効きにくくなる

AIが出る前は、考えの深さと、言語化能力の高さを切り分けて見るのが難しかった。AIで誰の文章も一定の水準まで引き上げられると、言語化能力で知性を装うことが効きにくくなる。そこでようやく、この人は何を見つけたのか、なぜその問いを立てたのか、どの情報を大事だと判断したのか、AIの答えのどこを間違いだと見抜いたのか、が問われるようになる。

言語化能力には、弱点もある。うまく説明できるほど、自分の矛盾や失敗まで、もっともらしく説明できてしまう。これは、言葉が得意な人に限らず、誰にでも起こる。説明できることと、正しいことは別だ。 きれいな文章ができたことで、分かった気になり、問題を片づけた気になって、行動につながらないこともある。

誰でもきれいな文章を作れるようになれば、「きれいな文章ができた」こと自体の意味は薄れる。問われるのは、その文章が、ものの見方や判断や行動を変えたかどうかだ。

5 言語化は、出口だった

AIの前は、言語化能力が高い人が強かった。これからは、人と違うものを見て、違う問いを立て、AIの大量の答えから大事なものを選び、自分で決めて現実に動かせる人が強くなる。

「どう言ったか」より、「なぜそれを考えたのか」の差が、これまで以上にはっきり出る。

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