筆者の経験と考え|約4分で読める

はじめは、ニュースが大事なことを十分に伝えないのは、マスコミのせいだと思っていた。出来事は分かる。けれど、その裏にある制度の仕組みや数字の前提、何が原因で何が結果なのかは見えてこない。考えていくうちに、問題はもっと込み入っていると気づいた。複雑な情報は、隠す隠さない以前に、そもそも読まれにくい。 それでも、読まない人から決める権利を取り上げてはいけない。この二つを同時に認めたところから、Instr Signal は始まっている。

1 送り手が選び、省いていると考えた

最初の考えは単純だった。現実の出来事が、メディアを通って、国民に届く。その途中でメディアが情報を選び、省き、ゆがめる。だから民主主義がおかしくなる。

嘘をつかなくても、人の見え方は作れる。何を報じ、何を報じないかを選ぶだけでいい。この「語らない自由」がある以上、受け手に届く世界は、送り手が選んだ世界になる。

もう一つ引っかかっていたのが、「ポピュリズム(大衆迎合)」という言葉の使われ方だ。そうラベルを貼るとき、メディアは国民を扇動される側に置き、自分たちを正しく導く側に置いていないか。

新聞を並べた駅の売店(東京、2007年)
写真:Shadowgate from Novara, ITALY/Wikimedia Commons(CC BY 2.0)

2 問いを裏返すと、循環が見えた

あるとき、問いが裏返った。マスコミが伝えないのではなく、そもそも求められていないのではないか。

そう考えると、流れは一方通行から循環に変わる。複雑な情報は、あまり読まれない。だからメディアは、読まれる、見られる情報を出す。単純な話、対立、感情、人物の物語が増える。それを見た人が、政治をその形で理解する。そしてまた、その形の情報が求められる。

政治や財政、外交や社会保障を本当に理解しようとすれば、前提を知り、制度を追い、数字を確かめ、原因と結果、その先の影響、分からない部分まで見る必要がある。時間もかかるし、頭も使う。一方で、「〇〇が悪い」「これをやれば解決」「味方か敵か」なら数秒で分かる。

誰かがわざと国民の目をふさいでいる、と考えなくていい。すぐ分かる情報ほど広まりやすい。それだけで、かなりのことが説明できる。責任は、マスコミ一者から、メディア、有権者、政治家、SNS、広告の仕組みを含む全体に広がる。

問いも変わった。「なぜマスコミは大事なことを報じないのか」から、「なぜ、複雑で大事な情報は、読まれる競争で勝ちにくいのか」へ。

3 それでも、決める権利は奪えない

民主主義を、国民が十分な情報を得て、合理的にいちばん良い答えを選ぶ仕組みだと考えると、現実との差が大きすぎる。人は不完全で、だまされもするし、感情にも流される。複雑な政策をすべて理解することもできない。

それでも民主主義は、その人たちを決める側から外さない。だまされやすい人も、扇動されやすい人も、僕自身も、同じ一票を持つ国民だ。国民を「扇動される側」と「導く側」に分け、頭のいい人だけ、正しい情報を理解できる人だけに政治への参加を絞り始めた瞬間、その資格を誰が決めるのか、という別の権力の問題が生まれる。民主主義は、結果の正しさより、一人一票という手続きの平等を守る。

民主主義は、消去法で選べば、いちばんましな仕組みだと思う。いちばんの理由は、血を流さずにトップを替えられることだ。独裁制は、その判断が正しければとても速い。けれど、間違えた人を取り除く仕組みが極めて弱い。民主主義は遅いし、ばかな判断もする。そのかわり、間違えることを、はじめから仕組みに組み込んでいる。間違えたら、選挙で替えられる。ただ、いちばんましでも、理想とは違う。理想を言えば、民主主義ができたころに思い描かれたように、一人ひとりが賢いほうがいいと筆者は考えている。

多くの人が複雑な情報を求めないことと、その人たちが決める権利を持つこと。この二つの間の緊張が、民主主義そのものだと思う。

4 この媒体でしていること

一票を持つ人の多くが、長くて複雑な記事を読まない。そこへ「もっと読め」と言っても、何も変わらない。かといって、話を単純にすれば、大事な構造が壊れる。

僕がこの媒体で選んだのは、三つ目の道だ。複雑さは壊さずに、理解するための手間だけを下げる。解説記事では、よくある受け取り方(NOISE)があればそこから入り、答え(SIGNAL)を先に出し、そのあとで、なぜそうなるのか、制度や数字がどうつながっているのかを書く。一人ひとりが判断する前に、構造が見える状態をつくる。どの政策や政党が正しいかを決めて渡すのは、この媒体の仕事の外だ。

民主主義が、間違えることを前提にした仕組みなら、間違いに気づき、入れ替えるための材料に、一人ひとりが手を伸ばせることが必要だ。ニュースを見て「で、結局どうなるの?」と思ったときに、答えと、その答えを決めている仕組みまで、数分でたどれること。そうやって、民主主義ができたころに思い描かれた有権者に近い人が、一人でも増えればいいと思っている。この媒体でやりたいのは、そこだ。

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