筆者の経験と考え|約3分で読める

ニュースや​制度について、​いくつか​記事を​書いてきた。​だが、​そういえば​自分については​何も​書いていなかった。​今回は、​少しだけ筆者の​話をする。

僕は昔から、言われたことをそのままやるのがあまり得意ではない。というより、

STRUCTUREこの記事の構造

目的は何か → ​本当にその方法しかないか → ​要するに何か

「それ、⁠本当に​やる必要ある?」

と考えてしまう。

いちばん分かりやすいのが、大学受験だった。僕は勉強が嫌いだった。でも、学歴は欲しかった。

「勉強を好きになる」とか、「毎日こつこつ頑張れる人間になる」とか。そういう方向に行きたくても、行けなかった。

だから代わりに、「そもそも、大学に受かるために必要なことは何か」と考えた。

高校2年のときに早稲田の過去問と配点を見て、「全部できる必要はない」と思った。

目的は、立派な受験生になることではない。合格点を取ることだ。なら、得意なものに偏ってもいい。苦手なものは、必要なら捨ててもいい。一発で確実に受かる必要もない。何回か受けて、そのうち一回通ればいい。

かなり雑な考え方だが、結果的にはそれで大学に入った。

後になってADHDと診断され、腑に落ちたというより、気持ちが軽くなったのを覚えている。興味のないことを均等に頑張るのは苦手だ。でも、気になったことなら延々と調べられる。

だったら、苦手なやり方に自分を合わせるより、自分が動ける方法を探したほうがいい。

あのとき僕がやったことは、たぶん3つしかない。

  • 配点を見た
  • 目的が「合格点を取ること」だと確認した
  • いらないものを捨てた

受験は終わった。でも、この癖は消えなかった。相手が過去問から、ニュースや制度に変わっただけだ。

ノートパソコンのそばで、ノートにペンで書く人
写真:Shixart1985/Wikimedia Commons(CC BY 2.0)

ニュースを​読んでも​「要するに何?」

ニュースを読んでいても、「要するに何なのか」と思う。小難しい言葉が並んでいると、なおさらだ。

制度が議論されていれば、「そもそも、何を解決するための制度なのか」と思う。

みんなが当然のようにAかBかを議論していれば、「そもそも、その二択しかないのか」と思う。

配点を見て、目的を確かめて、いらないものを捨てる。相手がニュースになっても、やっていることは高校2年のときと同じだ。

だからここでは、気になったニュースや制度について、自分なりに調べ、仕組みを分解して、

「なんとなく分かった」

と思ってもらえる記事を書いていきたい。

専門用語をたくさん覚えてもらいたいわけではない。読み終わったときに、「つまり、そういうことか」というところまで持っていけたらいい。

テーマは、​かなり飛ぶ

経済、税金、AI。音楽や車、社会のちょっとした話を書くこともあると思う。

僕は、何か一つの分野の専門家ではない。ただ、分からないものを分からないままにしておくのが気持ち悪い。調べて、比べて、分解して、

「要するに​こういうことか」

と自分で納得したい。せっかく調べたなら、文章にして残す。それが、書き始めた理由だ。

これからも、テーマはあちこちに飛ぶと思う。でも、その奥にある考え方はだいたい同じだ。

目的は何なのか。本当にその方法しかないのか。 そして、要するに、何なのか。

そんな目線で、気になったものを書いていく。